●「FM放送をいい音で録りたい」が自分の原体験
明確な意思を持って自分で最初に買ったオーディオ機器は、 ナカミチ582というカセッ トデッキ。高校1年生の時である。 当時の価格は168000円。夏休みと冬休みで働いたビル掃除の アルバイト代を全部つぎ込んでもまだ足りず、親に少々借金 をして購入したことを今でも鮮明に覚えている。
当時のカセットデッキ市場といえば、ソニーやアイワの3ヘッドタイプが主流で、 少し 高級志向のマニアがアカイやティアックを選んだ時代。 ナカミチは録音や再生品質にこだわる一握りの超マニアが購入するブランドであった。 しかも、ほとんど店頭値引きをしないことでも有名で、取り扱っている販売店も限られていた。
高校生の分際で、しかも安く買えないことが明白なうえ、 ソニーやアイワといった有名大手メーカーではないモデルをなぜわざわざ買ったのか? それは最高のコンディションでエアチェック・テープを残したかったという純粋な気持ちからである。
エアチェックといっても、いったいどれだけの人が覚えているかはわからないが、 70年代から80年代は、FM放送の録音がオーディオマニアの大きな楽しみのひとつで、 これをエアチェックと言っていた。週末にもなるとライヴ放送や特別番組が目白押しで、 それをいい音で録音しようと躍起になったのだ。私もその端くれだったわけである。
●質の高いオーディオを所有する悦び
かつてFM放送をせっせと録音し、音のいいエアチェック・テープを作っていた男が、 今こうしてオーディオ/ビジュアル評論を生業としている。 去る春先には、次なるステップを目指してスピーカーやアンプを一新した。 長期の住宅ローンを抱えているにも関わらず、性懲りもなく好き好んでさらに数百万円の借金を上乗せしたわけである。
足掛け30年余りに渡り、そこまで私を駆り立てるオーディオとは何か? それはひとえに自分の好きな音楽をよりいい音で聴きたいという純粋な欲求である。 それを実現してくれるのが、質の高いハイエンドオーディオ、本格的なオーディオシステムなのである。
それまで使っていたPMCという英国のモニタースピーカーメーカーの製品から、 日本のパイオニアのプロフェッショナルブランド、TAD(テクニカル・オーディオ・デバイセズ)の TAD-Reference 1というスピーカーに代えた理由は、 楽器や声の極めて微細なニュアンスを細大洩らさず再現してくれる能力が、 他のどのメーカーのスピーカーよりもは図抜けて高いと感じたのである。 その結果、ミュージシャンが演奏に込めたパッションがより十全に引き出されると思ったのだ。
同時にアンプ類もスイスのニューカマー、ソウリューションに一新したのは、 その頑なな音質追求の姿勢もさることながら、TAD-Reference 1のポテンシャルを十二分に導き出してくれるのではという期待からである。 一度も組み合わせて聴いていないにも関わらず、ソウリューションならば大丈夫だろうと踏んだのは、 ソウリューションをPMCで鳴らした時の印象、さらには30年間で養われた経験と勘のようなものだ。 その読みは、手前ミソながらズバリ的中したと思っている。
●いい音に対する貪欲さが、耳を養い、モノへのこだわりを鍛える
高校時分にいい音のエアチェックテープをせっせと作っていた私のその行為自体は、 今日iPodを用いてのネット配信やCDのリッピングを行なうことと大差ないのかもしれない。 しかし、iPodユーザーのどれだけ多くの人が音質にこだわり、 高い転送レートやロスレス圧縮を選択して記録しているだろうか。 おそらくは操作の利便性やデザインのよさ(ファッション性)から、 iPodを選び、使っているのではないだろうか。できるだけたくさんの曲が収録できるよう、 転送レートは低く押さえている人が大半に思う。
ホームオーディオにおいても、操作性やデザイン性能は大事な要素である。 しかし、それは二義的なものであり、やはりいい音へのこだわりが最重要ポイントとなるだろう。
私は本連載を通じて、できるだけ多くの読者に、いい音を欲する貪欲な気持ちを養っていただきたいと願った。 いい音を求めてオーディオ機器を選ぶことで、モノ(オーディオ機器)に対する愛着やこだわりも自ずと磨かれ、 それが次のステップにつながる。
そのためには、さまざまなメディアから最新の情報を仕入れることも重要だが、 情報交換し合えるオーディオの仲間、友人をつくることも肝心だ。
いい音について語らい、製品購入時には意見が言い合え、 互いのオーディオの音を批評し合えるような関係をつくって一緒に切磋琢磨することで、 「井のなかの蛙」にならずに済み、客観的に音を判断をする能力も磨かれることだろう。
そう考えると、オーディオは単なるモノではなく、聴覚や視覚から美しいと感じ取る精神を養うと共に、 コミュニケーションツールとしても機能する複合的なモノという見方もできるわけだ。
これは実におもしろく、愉しい趣味である。
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理工系大学卒業後、測定器エンジニア、雑誌編集者を経て現在はオーディオ&ビジュアル評論家。
自宅では業務用スピーカー(5本同一モデル)によるマルチチャンネル再生システムを組むなど業界きっての実践派として活躍する。
主な執筆誌は、Hi-Vi、ホームシアター、管球王国、ステレオサウンド(以上ステレオサウンド社)、CDジャーナル(音楽出版社)、日経エンタテインメント!/大人のロック!(日経BP社)など。
| CDプレーヤー | : Studer/A730 |
| DAC | : Weiss/MEDEA |
| プリアンプ | : ソウリューション/721 |
| パワーアンプ | : パワーアンプ:ソウリューション/710 |
| スピーカー | : Pioneer/TAD Reference One |
| 他、多数。 |
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